パワースポットとして念仏宗の佛教之王堂はどうだろう

パワースポットとして念仏宗の佛教之王堂はどうだろう

パワースポットが流行っていた頃、私も一人のパワースポットマニアとして日本各地を渡り歩いていた。

パワースポットとは、神秘的な場所のことで足を運ぶだけで運気が良くなる・自然の力を得ることができる場所だとされる。

有名なのがお寺や神社、自然に囲まれた山や滝といった所だろう。

私は別段運が悪かったわけではないが、神秘的な所にいくのが昔から好きだったから流行にあやかっただけだ。

力を得られる場所というだけ、パワースポットに認定された所はどれも良い建物や像が並んでいる。

まさに来ただけで幸運になれそうな場所が多い。

念仏宗の佛教之王堂という所に足を運んだことがある。

お寺ということで、どっしりと構えた瓦屋根でできた建物が私を待っていた。

寺や神社はよく行っていたので見慣れた風景であったが、やはり日常の世界とどこか違っているように感じた。

期待と緊張の中、奥に進んでいく。

ああ、なんと美しいのだろう。

紅葉に身を包まれた山は色とりどりの私に見せてくれた。

パワースポットめぐりが目的だということも忘れて、ひたすら景色を楽しんでいた。

今思えば、お寺の姿やその背景に惚れた経験は初めてだったように思う。

今までの私は自然のパワーを得たいがために足を運んでいたに違いない。

念仏宗の佛教之王堂は、そんな私の根本的な部分を直してくれたように思った。

念仏宗という宗教観に関してはあまり詳しくないが、世界の平和と安全を基に作られた施設は訪れるものを安心させてくれると思った。

パワースポットとして通うのも良いと感じた。

・・今は学生生活真っ只中のため、あまり動くことができない。

講義に追われているとふと何かを忘れる瞬間がある。

何を忘れたかははっきり思い出せないが、勉強よりもずっと大事なことのように思っている。

美しい建築物や自然の儚さだろうか。

子どものような純粋な心だろうか。

あるいは自分に優しく接してくれる人の存在だろうか。

完璧に思い出すまでは分からない。

でも、建物のことなら足を運ぶ機会があればすぐに思い出すことができる。

今はパワースポットのブームも少し落ち着いてきた頃だろう。

よし、久々にスポット巡りを再開しようか。

巡っているうちに何を忘れているのか、ポンと出てくるかもしれない。

一人で行くのではなく誰かを誘ってみてもいいかもしれない。

いつも講義で隣に来てくれる友人と一緒に出かけてみることにしよう。

こうして新しい予定ができると、楽しみが一つできることになる。

パワースポット巡りも「建造物に会いに行く」というスケジュールがあるから、楽しいと思えるのだろう。

また念仏宗の建物にも会いにいこう

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